2020年01月15日

神韻晩会2020

 神韻晩会2020 を見た。

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 中国の舞台芸術の神髄のような見事な芸である。そして知性が感じられる芸である。
 他の芸は知性がないと言うわけではないが、別な思いがある。
 中国の雑技を見ていると、できがよいほど(勝手に)痛ましさを感じてしまう。その芸を習う、習い方とその期間、そしてその経緯を思ってしまうのだ。

 覇王別姫という映画がある。覇王別姫という京劇の演目を習う虞美人役の男の話だ。
 幼いときに遊廓の母に捨てられ、貧しい京劇の養成所に入れられる。大勢の子供と一緒に、一日中覇王役の男性と組んで、虞美人役を習う。昼も夜も。それが大人になっても続く。その間に多くの人は脱落していく。京劇界きってのスターとなっても、世間のことは全く知らない。その男のできることは京劇だけで、その中の虞美人役だけである。
 雑技の名手には、そんな練習ぶりを感じてしまう。しかし、神韻は違った。
  
 文化大革命によって、中国五千年の芸術が破壊されかなり失われた。2006年、それを復活しようと世界各地の中国系の芸術家が集まって、神韻を結成した。
 すでに欧米で、芸術家として活躍している人たちである。そして演目は毎年変えている。神韻の演目に知性が感じられるのは、そのためかと思う。

 間に一度休みを入れて、前後2時間。19演目だが、そのたびに幕が降りて解説が入る。
説明の意味もあるが、俳優が衣装を換えたりする用意の時間でもあろう。
 新体操を思わせる美しい演技と演出は、余計なことは考えずに見とれてしまう。
posted by たくせん(謫仙) at 09:09| Comment(1) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月13日

ダーティペアの大跳躍

ダーティペアの大跳躍
高千穂遙   早川書房   2018.12

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 11年ぶりのシリーズ8作目。
 銀河系最強最大の広域犯罪組織ルーシファの一味を追い詰めたケイとユリが、爆発に巻き込まれ異世界に入ってしまった。知らない星域ではなく異世界。
 そこでも似たような組織があって、従来のように事件が起こり、解決する(?)。
 しかし、今回はふたりともあまり活躍していない。敵方もあまり組織が整っているようには見えないし、ふたりがいなくても、なんとかなったような気がする。
 事件解決より、異世界から戻ってくることが、心を占めているような感じた。
 いままでは、最後にやむを得ず、その星を滅ぼしてしまうのだが、今回は「やむを得ず」的な感じがしない。
 美女が暴れて、人がゴロゴロ死んでゆく。これが必然だったか。そんな疑問がよぎる。そうなると、爽快感がいまひとつ。

 わたしは登場する人物や組織や怪物などのネーミングが引っかかった。読みにくい、覚えにくい。ボボアダク・ドビビータル・ジャババーガ・バププロア、などなど。そのため名前とならず、記号になってしまう。
 今回の紹介文は辛め。おもしろかったンですけど。
posted by たくせん(謫仙) at 12:38| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年01月06日

札幌らーめん北の大地

2020.1.6 追記
2014.5.4 追記
2011.7.23 記
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2020.1.6 追記

 札幌らーめん「北の大地」が恵比寿に引っ越しした。
 今年に入って引っ越ししたばかり。まるでカフェのようなしゃれた店になった。そして大きくなった。
 テーブル席が多くなり、イメージが一新した。

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 昨日、1月5日は囲碁の日、日本棋院で打ち初め式があった。
 アフターは、釼持丈先生を囲み5人でワインの楽しい時間を過ごしたが、北の大地の店主(知る人ぞ知る美女)もいて、引っ越しが話題になり、「みんなで食べに行こう」となったのだ。
 電車で恵比寿へ、少し歩いて渋谷橋交差点まで。歩道橋の側だ。
 武宮先生(囲碁九段)の祝いの花束が表にある。
 当たり前だが、まだグーグル地図には乗っていない。
 そこで5人でビールを飲み、豚の角煮を食べ、ラーメンを食べた。豚の角煮は絶品だったな。もちろんラーメンもうまい。
 また行きたい店だ。

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創業昭和47年の老舗
当時のレシピそのままに
幅広いお客様にお喜び頂けるラーメン店です。
どこか懐かしさを感じる優しい味をぜひお楽しみください。


 ふじみ野駅西口ソヨカにも店があります。 http://www.soyoca.jp/shop/detail/79

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2014.5.4 追記
 久しぶりに新宿の「北の大地」に行った。
 三度目になる。今回も碁会の前によった。碁会に参加する棋友も一人来たが、待ち合わせた訳ではない。

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 入り口

 今回は味噌ラーメンを食べた。白味噌である。
 最初は醤油ラーメンだった。

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 シンプルなメニュー。気づいた方もいよう。醤油を正油と書いてある。
「どういう訳か北海道では正油と書くことが普通。それなのでそのまま正油と書いています」
 その方が北海道らしい。

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 今回食べた白味噌のラーメン。「おいしかった」だけでは小学生の作文。(^。^)
 しかし、前回も書いたように、ラーメンは滅多に食べないので、他との比較は控える。

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2011.7.23 記
 先日、久しぶりにラーメンを食べた。
 どのくらい久しぶりかというと、七年以上、おそらく十年ぶりくらいかな。
 7月18日に新宿の囲碁サロン喜楽で、ある碁会があった。喜楽はビルの7階にあり、ビルの屋上に小さな部屋があって、そこを個室として、碁が打てるようになっている。時々ここに集まって碁会を開いている。
 その碁会は1時からであり、家を出る前に食事するには早すぎる。新宿に行ってから昼食を済まして、喜楽に向かうことになる。
 その昼食にラーメンを食べたのだ。長い間食べなかったのは、別に嫌いだったわけではない。ラーメンは自分では作れないし、外で食べるときは別なものを食べるので、ラーメンを食べなかったに過ぎない。
 今回行った店は、札幌らーめん「北の大地」。
 ここの経営者はわたしの碁友である。碁はわたしの方が少し強いと思う。その碁友はこの日は休みであり、若い男たち三人で営業していた。
 基本的にラーメンの専門店。各種のラーメンがあるが、それ以外は無いに等しい。酒類もビールだけ。
「札幌ラーメンと銘打ったのはうちが最初じゃないかなあ」それだけに経営者のラーメンにかける想いは熱い。先日、その話を聞く機会があった。出汁の取り方から具まで、北海道に拘っている。
 この日わたしは醤油ラーメンを食べた。一番普通のラーメンだ。出汁が濃厚な美味いラーメンだった。わたしが前に食べた普通の街のラーメンとは別物。次回にはその他のラーメンを試してみたい。
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2020年01月04日

残業税 マルザの憂鬱

残業税 マルザの憂鬱
小前 亮   光文社   2019.3

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 ブラック企業と残業税調査官の頭脳戦といいたいが、今回の中心のテーマは、悪徳法律事務所に勤務する元マルザや、私学の先生、大學の研究者など、一見残業としては首をかしげるような、例外にしたいような職種の残業問題だ。

介護職に就く夏目健人は元フリーター。最悪の労働条件だった会社が大手に買収されて待遇も向上し、ほどほどに満足して働いていたのだが……。残業すればするほど税金が増える「時間外労働税」が導入された社会。介護や教育など、長時間労働の現場で働く人々に起こる様々な事件と、彼らのために奮闘する残業税調査官たちの活躍を描く、話題のお仕事ミステリー第三弾!

 従業員を下請化して長時間労働を強いるブラック企業。
 大学の研究室で、研究の中心人物が、報告書や残業管理に追われて、研究に没頭できない。優秀な助手に過大な負担を強いる結果となる。
 連作短編の形をとっている。だから、主人公は誰か、という問題がここでもある。
 わたしは主人公のはっきりした、視点の定まっている話が好きだ。主人公は残業税でも、その視点であればよい。
 話ごとに主人公が変わっていると落ち着かない。
posted by たくせん(謫仙) at 11:10| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月29日

残業税 マルザ殺人事件

残業税 マルザ殺人事件
小前亮   光文社   2017.8

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 残業税の続編である。たたし、主人公などは変わっている。
 残業税調査官が北軽井沢で死体で発見された。「残業税には欠陥がある」という言葉を残して。
 国税局の大場莉英に上司から調査の命令が下る。
 このあと、県警・警視庁・国税庁が、それぞれの立場から調査を行う。全面的に協力というわけではない。大場莉英などの行動が捜査の邪魔と考えることもある警視庁。
 大場莉英の比率が小さく、誰が主人公か判らなくなりそう。もう少し視点を定めて欲しい。少なくとも、大場莉英の視点を多くして主人公と判るように。
 砧が莉英に言う。
「私たちの目的は、脱税を取り締まることじゃない。適正な課税をおこなうことなの」
 目的と手段を取り違えると、脱税を見つけて多額の追徴を獲った人が偉いと思ってしまう。脱税者がいなくなるようにするのが仕事なのだ。

 前作で働き方改革を話題にしたが、少しづつでも進歩しているのだろうか。
 中心が殺人事件捜査になったので、私的には減点。小説のできは良いと思える。

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追記
 ある書評で、次のように言う人がいた。
 こういう「働かせない」社会ってつまらないだろうな。気持ちが元気だと働けるもの。まぁ、限度はあるだろうけど。働きたい人には働かせて、収入や待遇に区別つけてくれればいいのに。

 多くの人がこう思っているだろうな。わたしも趣旨は賛成だが、内容が問題。
まぁ、限度はあるだろうけど。
 そう、その限度が最長8時間なのだ。だから残業は限度超過なのだ。

働きたい人には働かせて、
 そうなると、残業をしたくない人にも強制するのが問題なのだ。

収入や待遇に区別つけてくれればいいのに。
 小説では名目だけ役職者にして、残業代を払わずにすます企業が、問題になっている。事実上残業が強制になる。その事実上強制を防ぐためだ。
 また、収入で区別しているようで、他のことでも差別することになる。残業代だけで終わる企業はない。
 目的は、長時間働かせてはいけない、のだ。働いてはいけないのではない。
 だから、長時間働きたい人は起業すればいいのだ。起業すれば仕事はいくらでもある。それならいくら働いてもかまわない。起業すれば、わずかの収入でいくら働いても、社会は許す。家族は……
 この小説は、形だけの起業で実態は従業員、も見つめている。

     人を雇用するときの制限 

が、一日8時間なのだ。ここを勘違いしてはいけない。
posted by たくせん(謫仙) at 09:53| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

残業税

2017.12.2記
小前 亮   光文社   2015.8

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 残業は犯罪である。
 このことをわたしは当然だと思うのだが、多くの人は「そんな馬鹿な…」と思うのではあるまいか。
 三六協定という、使用者と従業員の契約があった場合、使用者は罰を免れる。従業員に残業をさせる企業(使用者)は、その協定を監督署に届け出ているのだが、ほとんどの従業員はその協定を知らず、協定書に署名捺印した従業員の代表でさえ、その内容を詳しくは知らないのが普通である。
 この小説は、労働者を守るためにその残業に税金を賦課する。残業すると労使共に税金を払う必要がある法律が施行され、働き方が変わって行く。もちろんサービス残業は犯罪である。
 税を免れようと企業(使用者)はあの手この手で脱税を企む。脱税を防ごうとする残業税調査官と企業の戦いである。
 主人公の残業税調査官の相棒は、機密的な内容でも人前で大声で話す無神経な人物。読んでいてやりきれなかった。

 この中で、ある女性は形だけの管理者になるが、税金逃れのためであり、実質は毎月200時間もの残業に苦しめられ、ついに他殺に近い自殺をしてしまう。
 毎月200時間残業。わたしはこのような企業を知っている。賞与もかなり出ていた。実体は残業代を一部しか支払わず、残りをまとめて賞与として出していたに過ぎない。
 この小説ではさらに悪質で、税理士の指導のもと、労働者に夢を与えて、そのためならサービス残業も仕方ない、と思うように教育する経営者。公的には残業時間が判らないようにしてあるのだ。
 経営者(容疑者でもある)の世論操作で世論に叩かれながらも、働く人を守るべく奔走する調査官。ついに真相が明かされると、世論は一斉に経営者を叩く。
 労働者の教育と、権利意識を高めなければ、この戦いは永遠に続きそうだ。

 いま国会で働き方改革の議論をしているが、それを先取りしたような話だった。
posted by たくせん(謫仙) at 07:46| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月27日

本当はブラックな江戸時代

本当はブラックな江戸時代
永井義男   辰巳出版   2016.11

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 かなり前だが、あるグループで、江戸から明治になり、生活は却って苦しくなった、社会は悪くなったという人が多かった。わたしは、かなりよくなったと思うと言ったのだが、賛同者はいなかった。
 多くは時代劇の影響であろう。杉浦日向子さんは、「お江戸でござる」でよい部分を多く取り上げていたので、その影響があったのかもしれない。
 だが、いろいろ考えてみると、明治時代の方がいいことがほとんどであると思える。
 たとえば犯罪だが、江戸は犯罪の少ない町のように言われているが、本当は多かった。ただ南北の奉行所が受け付けなくて、あるいは町民が届けず、自分たちで処理したため、公の記録に残らず、少なくみえるのが実情らしい。
 現在でも、ある権力者は、いくつかの犯罪の証拠をもみ消そうとしているように思える。報告の受け取りを拒否して、無かったことにした権力者もいる。
 指摘されて、急いで書類をシュレッダーにかけて、書類は無かったことにしている人もいる。
 江戸の犯罪も、そうして無かったことになっている例が多いらしい。

 この本はそんな江戸の錯覚されている部分に焦点を当てている。
 目次を見よう。
第一章 江戸はブラック企業だらけ
第二章 安全ではなかった江戸の町
第三章 食の安全・安心などはなかった
第四章 きたくて残酷だった江戸の町
第五章 高い識字率のまやかし

 企業の休日は年2日だけであり、藪入りという。
 大店では関西の本店で採用され、江戸に来て、9年目でやっと休暇が出て家に帰れる、初のぼりという。
 奉公している間は結婚できない。独立出来るころは四十代になっていよう。
 店の主人の言うことは絶対であり、そして多くの人は若いうちに死んでいる。
 他に就職先がないからである。失職すると乞食になることが多い。
 女性なら吉原などに売られ、ほとんどは若いうちに死んでいる。
 
 現在、田舎には病院が少ないが、病人が少ないのではない。
 江戸町奉行所の警備役も24人しかおかず、犯罪が頻発すると、「自分たちで犯人を捕まえろ、殺しても構わない。結果を届け出よ」という通達を出すだけ。
 だから24人で済んだのは、犯罪が少ないのではなく、警備をしなかっただけなのだ。

 食べ物にしても、旬の食べ物を…と言うが、それしかなかったのだ。そして、米だけでおかずはほとんどない。魚など庶民の手に入る頃には腐り始める。

 トイレは汲み取り式であり、夏など強烈な匂いがしたであろう。ゴミも収集されたようだが、それまでに生ものは腐り始める。運河はゴミで埋まって、舟が通れなくなるほど。もちろん水は汚れている。

 識字率が高かったというが本当か。豊かな家や商人は文字を習ったが、多くはせいぜいひらがなカタカナくらいである。10歳を過ぎれば仕事に就くので、学ぶのはその前の2〜3年である。しかも下級武士社会の教養もこの程度であった。
 一部を除けばそれほど高くはない。

 江戸時代は社会的弱者には冷酷だった。
 これらの原因はほとんどが「貧しさ」からきている。衣食住が最低限でなんとか生きていた。
 トイレ事情とか、識字率とか、外国の庶民と比べると良いようでも、全体的には威張れるほどではない。
 蟻地獄のごとく、全国から若者を吸い上げながら、多くは独り身のまま、老いる前に死んでしまう。
 過去の時代だから劣悪は当然で、「江戸はユートピアではない」ということ。
 現在、日本の教育は劣化していて、先進国では最低と言われている。もはや先進国ではない、という人もいる。この本に書かれていることは、現在も一部分当てはまるかもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:41| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年12月18日

白銀の墟 玄の月

十二国記シリーズ  白銀の墟(おか) 玄(くろ)の月
小野不由美   新潮社   2019.11

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 十二国記シリーズの18年ぶりの長編新作。途中2013年に短編集「丕緒の鳥」がある。
 全4巻で2巻くらいかけて長々と伏線を張るので、なかなか話が進まない。しかもこの間、厳しい戴国(たいこく)の説明が続く。
 驍宗(ぎょうそう)が登極から半年で消息を絶ち、泰麒(たいき)も姿を消した。偽王がたつ。王不在から六年の歳月、人々は極寒と貧しさを凌ぎ生きた。
 白雉(はくち)は落ちていない。つまり王はどこかで生存しているはず。
 片腕の女将軍、李斎は国王(驍宗)を探し続けていた。
 そして、この荒廃した戴国に泰麒が戻ってくる。そして行方不明の王が見つかり、国の復興を目指すまで。これから偽王との戦いだ。
 この間の李斎将軍やその協力者の苦労の物語。暗い話が続き、やっと希望が見えて、本題に入ったなと思うところで終わりである。
 大勢の登場人物も難しい名前で誰が誰だか判らない状態。そして多くの人がほとんど報われない非業の死を遂げる。なんともやりきれない。この世界の舞台設定からそうなるらしい。一気に読みたくなる爽快感や高揚感がない。
 本筋からずれた、枝葉や末節にページを割きすぎていると思う。
 歴史とはそんなものかもしれない。しかし本来このシリーズは、こんな重苦しい話では無かったはず。大変な苦労があるが、それを乗り越えて、こんなによい国になりました、となるファンタジーのはず。

 難しい漢字を使い、無理矢理読ます。これは相変わらず。
「墟」の字の読みも、キョ あと であり、意味は「おか」だから、「おか」という読み方もあるのだろう。
「践祚」と言う言葉が何度も出てくる。「せんそ」とかなを振ったり、「そくい」とかなを振ったりする。「そくい」なら即位でよくないか。だから、践祚だけだと「せんそ」なのか「そくい」なのか判らない。
(ちなみに今上天皇は、践祚と即位を区別せず、2019年5月1日を即位の日とするらしい。10月22日に即位の礼を行っているので、この日が即位の日ではないかと思うが。
 昭和天皇は、践祚が昭和元年12月25日、即位は昭和3年11月10日、と別の日としている)
 これが最終になるらしい。この後短編集を予定しているという。

 なお、シリーズの過去に書いた文を読み返し、訂正もしている。
posted by たくせん(謫仙) at 11:46| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

丕緒の鳥

十二国記 丕緒(ひしょ)の鳥
小野不由美   新潮社   2013.7.1
2013.7.21記

 この本は十二国記シリーズの12年ぶりの新刊である。
 わたしは2008〜2009年にかけてシリーズをまとめて読んだので、12年ぶりの実感はないが、古くからのファンは待ち遠しかったであろう。
 王や麒麟の話ではなく、一官吏の希望を書いた4編の短編集である。
 表題作は、陽子が慶国に新王として登極したときの、即位の礼で行われる「大射(たいしゃ)」の話。大射とは鵲(かささぎ)に見立てた陶製の的を射る儀式。自分の希望を託して、その的を作る男の苦悩。

「落照の獄」は、衰えていく柳国で、いわゆる極悪人が誕生した。これは国の衰えを意味するが、民はこれまで途絶えていた死刑を要求する。
 死刑がなかった国で死刑にすれば、国の衰えを加速させる。これがこの世界の摂理だ。一度死刑にすると、同じような悪人が出れば死刑にすることになろう。しかも防犯の効果はない。しかし、死刑にしなければ、国の衰えを止めることができるのか。民の要求に応えられないことも衰えを加速させないか。そうして担当官が悩み果てる。

「青条の蘭」は、山のブナが枯れていく。これを防ぐために、標仲は何年もかかって調べ、青条の蘭が防ぐことを知り、王宮に届けようとする。結局途中で倒れて、庶民に託すことになる。
 国土が荒廃していくのに、ブナの枯れ木(石化する)で金儲けができると喜ぶ人がいる。
 福島の原発事故を思わせた。

「風信」では荒れた国で、暦作りをしている、一見浮き世離れをした男たち。どんなに荒れた国でも、農民は食糧を作らねばならない。そのためにも暦は必要なのだ。燕の雛が増えていることで、復興する未来を予測する。

 四編全て、己の役割を全うすべく煩悶し苦しんで一途に生きる男を描く。
 驚くのはディテールの描写で納得させられること。それが緊張感をもたらす。
 わたしの好きな金庸小説では、「大勢の男が山の中で武術の訓練をしていますが、どうして生活しているのですか」「それは訊かない約束です」
 ことが起こればそれはあちこちに波及する。十二国記では、その波及を考えて登場人物が苦悩しているのだ。訊かない約束などなく、それこそ語りたいところ。
 十二国という大きな嘘を成り立たせるのは、ディテールの描写で納得させることなのだ。
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華胥の幽夢

   十二国記 華胥の幽夢(かしょのゆめ)
   小野不由美   講談社   01.9
2008.11.19記

 十二国記シリーズの中編集である。
 いつもの長編とは違うが、それぞれに珠玉の味わいがある。
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 表題の華胥の幽夢は、王が善政を敷こうと試みるが、人間洞察力がないため、却って悪政になってしまう話だ。
 たとえば減税。減税は庶民にとっていいことのようだが、国を維持する費用も事欠き、国が荒れてしまう。
 悪徳高官を一気に辞めさせたが、それに連なる官吏がそろって辞めてしまい、国の機能が麻痺し、仕方なく復職させることになる。悪徳高官を王が認めたことになってしまい、庶民に怨嗟の声が起こる。
 犯罪は厳罰だが、それが高じて、些細なことでも死罪にするようになり、暴君と同じことになる。
 王は「華胥の夢」を信じてその路線を進むが、どうやらそれは、その路線を進む先の「理想の国」ではなく、「こうなって欲しいと思う国」で、現実はますます理想から乖離していく。
 結局滅びることになる。

 新興の戴国の台麒(麒麟)はまだこどもであった。南の漣国に使いにいくが、その漣の王は普通の農民であった。仕事は農業、王はお役目。仕事は自分で選び、王は天に命じられてする。そして自分の生活費は農作業で稼ぎ、公務は国の税で行うという人だった。農作業をしているときに、台麒と初対面の会話をする。その廉麟(漣の麒麟)は台麒のお供にまで自ら給仕する美少女だった。
 そして、台麒は何もできないような自分が仕事をしていることを悟る。
 このような話が五編。

 このように国により全く事情が異なる。いままで紹介した長編の諸国も、国や王のありようがあっと驚くほど違う。それでいながら全体が統一されている。わたしは、この全体が整合性を持っていることを高く評価する。
posted by たくせん(謫仙) at 09:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする