2016年07月09日

虚無回廊

虚無回廊
小松左京   徳間書店   1987(2011.11)
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 小松左京の最後の作品であるが未完である。本来三冊であったが一冊に合本した(2011)。
 第一巻と第二巻が1987年、第三巻が2000年、以後続きは出ていない。

 地球から5.8光年の距離に突如出現した、長さ2光年、直径1.2光年という驚異的スケールの円筒形の物体「SS」。
 透けていて、その向こうにある星が見える。そして時々消えてしまい、角度などを変えて再現する。その距離を移動するには光速以上の早さが必要。
 探査に直接人間が赴くには距離的時間的に困難であるため、人工知性体をその宇宙域に送ることになる。
 選ばれたのは、若き天才人工知能開発者・遠藤秀夫がAIを越える物として開発していた「人工実存(AE)」HEUだった。遠藤秀夫の分身である。
 今話題のディープラーニングによるAIでは無理なのだ。与えられた任務だけではなく、向こうに行ってから、自分で目的や行動を考えなければならないからだ。
 しかし、出発して49年後、連絡をとる地球の遠藤秀夫が亡くなった情報が入り、HEUは連絡を止め、独自の行動をとりはじめる。なにしろ、いま情報を送っても、地球に届くのは5年9ヶ月かかる。返事が届いたとして11年半後。果たして今の星域にいるかどうか。
こうして物語は始まっていく。
 HEUは人型の分身を作るが、長い間、特定の仕事をさせているうちに個性を持つようになる。結局6人の仮装人格が得意な仕事を分担することになる。
 SSでは様々な知性体と遭遇する。対立する異星知性体もいる。あちこちの知性体がSSを調べようと、送り込んだのだった。
 安易な手法は使わない。ワープで一瞬に飛ぶとか、異なった星域の宇宙生命体がいきなり英語で会話するなんてことはない。
 言葉はディープラーニングのようにして、元素の並び方を調べて、その並び方の特徴で意味を推測し、単語の一語一語を時間をかけて探し当てていく。
 そして他星域の生命体と情報を交換して、どう調査するか話し合いがあって、さあこれからSSと接触を試みようとするところで、著者が亡くなった。
 宇宙や生命や知性あるいは愛なども説いているが、たとえば新しい宇宙論とか、量子力学の話など、あまりにも難しく、わたしには読んでいて理解することが出来ない。いつもなら易しく説明するところ。それを省略しても先を書き進めたかったと思われる。

 まず最初の疑問。仮にSSが光速なみの早さで動くとすれば、あるいは一瞬で動くとすればSSの直径が1.2光年なら、消えるときも一瞬ではなく、月が欠けていくように1.2年以上かかって、ゆっくりと欠けていくはず。出現も同じく。
円筒のあちこちまでの距離が違うからである。そして光速以上の早さで動くように思われる理由。この二つの疑問の答えは同じと思われる。
 さらに、おそらく100億年以上前に現れたと思われ、まるで宇宙の誘蛾灯のように存在し、見た生命体を集める不思議な物体SS。SSは自然物か工作物か、知能はあるか。など、解明されておらず未完である。
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2016年07月06日

Igo Classic

6月3日に Igo Classic 囲碁×音楽の輪舞曲 を聞きに行ってきた。
企画した村田真生さんは碁友。千寿会会員である。
この会はユーチューブでも放送され数万人が見ていたという。
7月3日には、NHKの囲碁フォーカスでも取り上げられた。
Igo Classic で動画あり。 http://www.goandmusic.com/
キーボードが村田さん。碁は中学生の時、3年間で6段(アマ)になったという。
その後演劇や音楽の道を進み、いまは作曲編曲家として、活躍中である。
わたしは音楽の道は暗いので、そのレベルは判らないが、碁のレベルなら判る。わたしには手も足も出ない(^_^)。
こう書くと年配のようだが、まだ25歳の青年である。
posted by たくせん(謫仙) at 11:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

グインサーガ全130巻を読み返す

栗本薫   早川書房
 約2年かけてグインサーガ全130巻を読み返した。
 1979年(昭和54年)9月の第1巻『豹頭の仮面』以来、2009年(平成21年)5月26日、著者が亡くなるまで、30年間にわたり執筆されて、いまだ未完である。
 わたしは第10巻が出た頃に知り、一気に10冊読み、以後は出版の日を待ち焦がれて本屋に通った。
 外伝も22巻あるが、今回は本伝130巻だけを通して読んだ。

 地図上の問題
 グイン読本にカラー地図がある。前に紹介した地図を再掲する。
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 海や湖や川は青、海岸部や盆地など低い土地はみどり、高くなるにつれて茶色が濃くなってくる。つまり普通の地図と同じなのだ。地図を見慣れない人でも判ると思う。登山地図になれた人には当然で何の疑問もない。
 ここでは、イーラ湖を底とするパロの盆地、オロイ湖を底とするクムの盆地があり、流れ込む川はあっても、そこから流れ出す川はない。
 ダネイン大湿原も盆地より高いところにある。
 イーラ湖に接続するランズベール川がある。パロの盆地がみどり、少し東に行くと、薄い茶色、そして川はたんだん細くなり濃い茶色のアルシア連山あたりで消える。どう見ても、アルシア連山から流れ出し、イーラ湖に流れ込むように見える。
 しかし、本文の記述は、イーラ湖から流れ出し、下流のアルシア連山の山中に消えると一貫している。水の流れの方向、上流下流の記述も、一貫している。
 アルシア連山の裾野は、イーラ湖より低いところにあることになる。
 わたしは今まで間違っていると書いたが、記述が一貫しているなら、むしろカラー地図が間違っていると考えねばならない。地図作者が誤解したといえる。ただ著者も目にしたと思うので、地図作者を責めるわけにはいかない。
 読み落としていたが、ダネイン大湿原は中原では最も低い土地にある、という記述があった。そうなるとこれもカラー地図が間違っている。パロの盆地の水はランズベール川で排水され、ダネイン大湿原にも排水されていることになる。
 草原地帯は少し高いところなので、ダネイン大湿原から流れ出るアルゴ川は大峡谷になっているのかな。もっとも草原の民は自由に移動しているので、切り立った崖ではないだろう。
 それよりここもカラー地図の間違いと考えた方が早い。
 おそらくパロの盆地は地図よりかなり高く、ダネイン大湿原や草原はかなり低いと考えるところだ。

 もう一つ。
 実際には30年130巻にわたって書かれた。主人公が何巻も登場しないこともあり、5年ぶり10年ぶりに登場する人物もいる。そんなとき読者は「この人誰だっけ」「あの当時の細かいことは忘れた」という状態になる。
 小説ではさりげなくそのあたりを説明している。会話であるとか、立場の違う別な人の述懐だとか、今までのあらすじ風の説明とかで、久しぶりの登場人物やその当時のことなどを読者に思い出させる。これが実に巧みである。
 巧みではあるのだが、今回のように一気に(と言っても2年)130巻を読むと、しかも2度目なので、その人や過去のことを覚えている。そうなると、前に読んだところをもう一度読んでいるような錯覚に陥る。この巧みさは長い間の連載の時は生きるが、一気読みでは逆効果でいらいらするほど。今までのあらすじ、過去の説明ばかりで、いっこうに話が進まない、という状態になる。これは意外だった。
 考えてみれば、初読当時もけっこうだれた感じがしていた。いつまで経っても話が進まない。どこかにそんなことを書いた記憶もある。
 このことで、十年後二十年後の三度目読みはないとみて、本の処分を決意した。

 未完で作者が亡くなった。この先の梗概のようなメモなどを期待したが、なかったらしい。
 その後、グインサーガワールドとして、他の作家がグイン世界を書いている。わたしはその第一巻を読んだが、第二巻以後は読んでいない。機会があれば…と思っていたが、なぜか積極的になれないのだ。本屋でも見ないし…、などと自分で自分にいいわけをしている。
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2016年06月23日

あい

あい 永遠に在り

田 郁   角川春樹事務所   2013.1
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 幕末から明治にかけて、活躍した名医関寛斎とその妻「あい」の夫婦の物語。
 関寛斎はオランダ医学を学び、戦争時は敵の傷病者も視るという思想の持ち主だった。司馬遼太郎も小説「胡蝶の夢」に登場させた。
 だが、あいの資料はほとんどない。
 著者は、寛斎の言葉「婆はわしより偉かった」に着目して、あいの物語を構築してみたという。

 東金で極貧の農家に生まれ育ち、寛斎に嫁いでまもなく銚子に移り、ここで、ヤマサ醤油の創業者に出会う。後にいろいろと援助を受ける。
 寛斎が阿波の藩医となり、一家は阿波に移住する。寛斎は戊辰戦争のときは、官軍の軍医として参加し、みかたに理解されずとも敵の傷病者も治療し、明治政府に絶賛された。そして七十歳を過ぎて全財産を投じて夫婦で北海道の開拓に挑む。開拓は道半ばでその地で没す。
 マイナス面もあると思うが、あえてプラス面だけを選んだようだ。
 このようにひたむきに生きる人を語るのが、田郁の魅力であろうか。特に極貧の描写は胸を打つ。著者は貧しいという意味を知っているようだ。
 関寛斎は理想を持ち、それを実行しようとするが、少し上滑りしている。しっかりと現実を把握しているあいがいたからできたこと。あいの存在は重い。
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2016年06月19日

優曇華の花

優曇華(うどんげ)の花

2016.6.19追記
ここで会うたが百年目。盲亀の浮木優曇華の、花待ち得たる今日の対面。親の仇、いざ尋常に勝負勝負。 
というのは落語でおなじみ。もとは芝居でしょうが、わたしは歌舞伎は不案内。この言葉もいろいろなパターンがある。

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 ガラス窓の外側に咲いたものを内側から撮影。今朝(2016.6.19)気がついた。
 これが我が部屋で三度。かなり小さい。実際に米粒と比べてみると小ささがよく判る。

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 今まで見なかったのは、気がつかなかっただけで、何度も目の前にあったのかも知れない。

   …………………………
2012.1.1記
新年おめでとうございます
今年もよろしくお願います


きのう障子の桟に優曇華(うどんげ)の花を見つけました。知ってはいたのですが実際に見たのは初めて。
わが陋屋にもなにかいいことありそうな。
これまでなんとか過ごしてきた祝福かも知れません(^。^)。

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 実際は薄翅蜉蝣(ウスバカゲロウ)の卵です。幼虫はアリジゴクとして知られています。もっともウスバカゲロウにも種類があって、アリジゴクにならない種もあるので、この卵がアリジゴクになるかどうかは判りません。

 本来、優曇はサンスクリット語ウドゥンバラの音写で、無花果(イチジク)の一種の樹木名だといいます。三千年に一度咲くとか。花は優曇華、普通は「優曇華の花」といいます。
 無花果は花が咲かずに実になるといわれていますので、花が咲くのは珍しいことになります。実際には実というのは花です。花を食べるわけですネ。
 それがどうしてウスバカゲロウの卵になったのか(^_^)。
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2016年06月16日

すえずえ

すえずえ
畠中 恵   新潮社   2014.7
     suezue.jpg
 いつものようにほのぼのとしていて楽しい話。
 若旦那一太郎と幼なじみの栄吉にそれぞれ縁談が持ち込まれる。少しずつだが、成長していく。大人の世界に近づいたのだ。そうなると、妖(あやかし)たちとの共同生活も終わりになるだろう。そのための独立準備編といえる。
 上方で活躍した一太郎は儲けた金で、となりに長屋を建てた。手代の仁吉と佐助は独立して、そちらに住むことになる。妖たちの多くも引っ越し。
 妖たちはきっと何年たっても変わらないんだろうな。しかし、人間の世界で妖が暮らすのは難しい。
 貧乏神の金次がその気になると怖い神様であることに、どきりとさせられる。

  栄吉の来年
  寛朝の明日
  おたえの、とこしえ
  仁吉と佐助の千年
  妖達の来月

五編の短編集。
posted by たくせん(謫仙) at 08:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月12日

恋せよ魂魄

恋せよ魂魄(こんぱく) 僕僕先生
仁木英之   新潮社   2015.8
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 ほのぼのムードのこのシリーズ、ここへきて急旋回。
 王弁が成長してきた。薬師として、技能ばかりでなく精神的にも一人前になってきた。
 今まで僕僕の従者であった王弁が、成長して僕僕の同行者と思われるようになったのだ。王弁が人生の目的を見つけたといえるだろう。
 この後は故郷に帰って名医となるか、仙人に近づくのか。

 長安に向かう旅の途中で、不治の病の少女をどう治療するかで悩む。今までは僕僕先生中心の仕事だったのだが、王弁の仕事となる。さらに戦いに加わったりする。おそらく、そう成長したので、吐蕃から長安へとなったのであろう。
 吐蕃のデラクの存在感が大きい。王弁もかなり救われている。
 長安ではついに朝廷の影の組織胡蝶の頭目が出てきた。胡蝶から逃げた劉欣は胡蝶の頭目と戦う。
 劉欣は王弁たちと旅を続けるうちに、非情の暗殺者から、人間味が出てきて親しめるようになっていた。たが今回は本性を発揮する。それも育ての親を救うために。
 終わる頃にばたばたと、劉欣や劉欣を愛した育ての父母などが死ぬのがつらい。
 さらに驚くのは、僕僕先生が力を失ってしまうことだ。最後に王弁に言う。
「この旅は、もうキミのものになりつつある。共に行こう」
 そう言った。力強いが、どこか悲しげな表情だった。

posted by たくせん(謫仙) at 10:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

東綾瀬公園 御衣黄(ギョイコウ)

東綾瀬公園 御衣黄(ギョイコウ)

 4月10日といえば、ソメイヨシノはすでに散っている。しかし遅咲きの桜は見られる。
 東綾瀬公園で御衣黄(ギョイコウ)が見られるというので出かけてみた。東綾瀬公園は綾瀬駅から、「U」字型に細く伸びる珍しい形の公園である。
 御衣黄(ギョイコウ)。聞き慣れない名だが、花が緑色の桜である。

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 今回は駅からE地区に向かい、左回りに歩いた。写真はタブレットのため、ピンボケもある。写真が多いが、分けずに載せる。

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 まだ桜が咲いていた。ソメイヨシノではないと思う。

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 地図でも判るように、こうして時々自動車の通る道が横切る。

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 北三谷橋が見えた。この下の通りは車の交通量が多い。

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 橋の下の桜。

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 みどりの桜だが、一重のようなので、御衣黄ではないと思える。

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 多目的広場には、花が多い。

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 これは何。

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 シャクナゲもあった。

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 時刻も昼下がりのせいか、いわゆる花見をしている人は少ない。

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 三枚田橋。ここを過ぎると、目的の御衣黄のある地域になる。

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 御衣黄(ギョイコウ)を見つけた。花の案内板などはないので、わかりにくい。

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 みどりの花びらの中央に少し赤みがある。
 花期はソメイヨシノより2週間遅れという。赤みが少ないのは早すぎたせいか。
 
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 木は細くまだ若木である。

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 脇は花壇になっている。三枚田橋を下りた辺りである。

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 地図では一番北、野球場の脇になる。弥左衛門橋。

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 橋から東の方を見る。水源。ここから水路が始まる。

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 かなり大きな八重桜。ギョイコウは八重桜と花の時期が重なる。

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 ようやく花見をしている人を見た。
 この辺りから南に綾瀬駅に向かう。
 途中の東京武道館を過ぎると駅も近い。駅近くまで水路は続くが、タブレットは鞄の中。
 歩いた総延長は三キロくらいかな。
posted by たくせん(謫仙) at 09:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 探花・探鳥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

継ぐのは誰か?

継ぐのは誰か?
小松左京   早川書房   1972.5

 地球の歴史では有名な恐竜の時代もあった。恐竜意外にもそれぞれの時期に繁栄した生物がいる。現在は人類(ホモ・サピエンス)の時代である。ホモ・サピエンス王朝はいつまで続くのか、ホモ・サピエンス王朝が滅んだとき、あとを継ぐのは?
 小松左京らしいこんな雄大なテーマの小説である。

 人類は完全ではない、こんな議論を繰り返す大学生たちのグループに、殺人予告が入った。どう防ぐか。実行不可能な形で事件が起こる。それを追及していくと新たな謎。
 43年も前に、ネットワーク社会の脅威を予測したような話で、書いた当時より、現在読んだ方が納得できるのではなかろうか。現代は電波で成り立っている一面がある。
 結局、殺人者は南米出身で、なんと人が声や音を操るように、電気・電波を操ることが出来る。そればかりではない、発電もする。
 殺人者の出身部族の一人一人が放送局になる。受信機になる。さらにコンピューターにハッキングもする。染色体数さえホモ・サピエンスより2対多い。
 捜索隊を組織し、アマゾンの奥地にその殺人者の出身地を訪ね、出身部族ククルスクを探すことになる。みどりの地獄アマゾンの描写もいい。
 ククルスクから接触があった。部族約千五百人全体が病にかかっていた。そして捜索隊の持っている薬を要求する。
 交換に新人類ホモ・エレクトロニクスの驚く歴史を聞くことになる。中南米に栄えたインカやマヤやアステカなどの先生役となった民族。白人の暴挙からたくみに逃れてアマゾンに逃れたという。
 そこに連絡が入る。あの薬は副作用があり、新人類ホモ・エレクトロニクスの生殖力を消滅させる。しかし、その連絡が入ったときはすでに全員に投薬済みだった。

 時代は二十一世紀の中頃かな。戦争がなくなって何十年という記述がある。しかしご存じの通り、第二次世界大戦後も戦争が絶えたことがない。これにより小説上の歴史には違和感が生じる。その延長の世界観にも違和感が生じる。その源は小松左京の未来への希望であろう。
 この小説が書かれたのは1972年、アップルの創業が1977年。これだけでも驚嘆に値する。
posted by たくせん(謫仙) at 10:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月28日

海から何かがやってくる

海から何かがやってくる
薬師寺涼子の怪奇事件簿
田中芳樹   祥伝社   2015.9

 事件は南のリゾート予定地で起こる。
 飛行艇が海面50メートル辺りまで上昇したとき、海中からの水鉄砲のような水流で墜落。また150トン級の巡視船が水鉄砲のような水流で破壊される。こんなことが出来る怪物が相手にしては、結末はあっけない。巨大なナメクジ程度で、その退治の仕方も少し矛盾がある。ガムテープを投げるとか、ぐるぐる巻きにするとか。それから液体水素で凍らせるのは本当に出来るのか。もちろん凍らせるのは出来るのだが、ガソリンなみに発火しやすいはず。爆発しそうだ。
 地底の洞窟なのだが、そこから怪物はどうやって海に出入りしているのか。海の中なら海水が入ってくる。
 巡視船を破壊する水鉄砲のことも解明されず終わる。

 ストーリーはいつものごとく、中編小説並みで複雑ではない。
 また、いつもながら政権批判が痛烈で面白い。これがなかったら薬師寺涼子の魅力は半減する。今回はその量が多い。しかも核心を付いていて笑うに笑えなかったりするほど。だから現在の政治状況を理解していない方はおもしろくないかもしれない。
 今回は設定に疑問が多いが、だから怪奇事件だろうな。
posted by たくせん(謫仙) at 08:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする