2017年08月02日

爛柯堂棋話

爛柯堂棋話(らんかどうきわ)
林 元美(はやし げんび)  林裕校注   平凡社   1978.6

 林元美(1778−1861)は江戸時代の囲碁四家の林家の十一世当主。本来坊門(本因坊家の弟子)であったが、十世林(鐵元)門入の死去に伴い、坊門から移り林家の当主となる。旧姓は舟橋。
 林家では代々門入を名乗る例が多いが、林元美はこのままで通した。
 引退(1849)後に(1852)八段を許された。
 この本は、1849年に発行された。そして林家分家の林佐野から、その養女の喜多文子に伝えられた。
 1914年、林佐野の三女の女流棋士林きくがまとめて、大野万歳館より出版された本がこの本のもとである。1849年の原本は失われてしまった。写本が国会図書館にあるという。

 囲碁の史話、説話、随筆、記録類を集め、注と評論を加えたもの。囲碁界にあっては貴重な資料である。
 だだし、市井の噂のような根拠の薄い話もあって、注意が必要である。たとえば、日蓮と弟子の日朗の対局、武田信玄と高坂弾正の対局、真田昌幸・信幸親子の対局などが、棋譜とともに紹介されている。すべて疑わしいのだ。偽作らしい。
 本能寺の変における三劫の話など、あちこちに引用されていて、歴史的事実であるかのように扱われているが、確認できていない。
 第一世本因坊算砂が、秀吉によって碁所に任命された話は明らかな間違い。当時は碁所の制度はない。
 その他の話も、引用するときは注意が必要だ。
 当時のエンタメとして書いたのかもしれない。それでも貴重な情報が多い。
 多くの棋譜は特に貴重である。残念ながらわたしには鑑賞するだけの力がない。

 本文は江戸時代の文体である。写真はその一例である。こんな調子で書かれているので、かなり読みにくい。下巻P122。
 碁では引き分けを持碁という。写真の文はそのことに触れている。わたしはこの部分を読みたくて、この本を手にした。
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 囲碁贏輸(勝ち負け)なきを持碁と云うは、正字にあらず。歌合わせに勝負左右にこれ無きを持と云うに倣えるなるべし。しかれども、「囲碁三十二字釈義」(『玄々碁経』)を見れば、持は「せき」の事をいうなり。持碁の正字は芇なり。……
 次のように解釈した。
 引き分けを日本では持碁(じご)という。しかし正しくは芇(べん)である。ゆえに芇の字に「じご」の訓を与えた。
 現代中国語では和局という。書物上ではなく口語では、芇(べん)はいつ頃まで使われたのだろう。


 音読み:ベン、 メン、 バン、 マン
 訓読み:あたる、 じご
 
 写真中に“路”とあるが、助数詞で一路は一目。唐代あるいはそれ以前に中国で用いられた。
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2017年07月28日

宇宙にとって人間とはなにか

宇宙にとって人間とはなにか 小松左京箴言集
小松左京   PHP研究所   2011.1

 著者は小松左京となっているが、小松左京事務所が、著書のあちこちから、テーマ別に選んで編集したものである。
 小松左京の思考のダイジェストなので、魅力ある文章が多い。
 言葉が難しく、わたしには理解できない文が多い。ただ小説などを読んでいたときはそのようには感じなかったので、おそらくその言葉の背景や状況が判っていれば、理解できるのではないか思う。思考過程が重要なのだ。
 名言ではないので、かなり長い文もあるし、その文単独では賛同できない文もある。特に小説の場合は、その小説の特殊状況が文の意味を左右する。SFの世界が多いので、仮説だったり仮定だったりする。そのためここで紹介するかどうか迷ったほど。
 SFを書くには総合的な知と常識にとらわれない思考力が必要である。間違いなく、小松左京には備わっていることを実感する。
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2017年07月23日

たゆたいエマノン

たゆたいエマノン
梶尾真治   徳間書店   2017.4

「……名前なんて記号よ」
「なんでもいいわ。エマノンでいいじゃない。うん、それでいいわ」
「ノー・ネームの逆さ綴りよ」
 この不思議な少女エマノンのシリーズ6冊目。
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 今回は短編5編のうち3編に親友ヒカリが登場。時を跳び越えるヒカリと永遠の記憶を持つエマノンが、何度も出会う。とくに、エマノンの嬰児時代の話が象徴的。エマノンに恋した少年が、約束の日に、エマノンを抱いたヒカリに出会う。
 母から娘へ記憶が受け継がれ、同時に母は記憶を失い、普通の人になる。だからエマノンは短命ともいえる。恋をし子どもが生まれるまでの、つかの間のエマノンとしての命。そして嬰児の時にすでに30億年の記憶を持つ老成した心の持ち主。
 今回は成人したエマノンが次の世代のために配偶者を選ぶ話が多い。
 時代は行ったり来たり。なぜならヒカリは過去にも未来にも跳べるから、一定方向に流れる「時」に縛られていない。しかし、時間の経過はある。エマノンがヒカリの最期を看取ることになる。

 初出が1979年なので、37年以上かかって短編25話。
 美少女ということになっているが表紙の絵は、美少女には見えないな。
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2017年07月18日

流れ行く者

流れ行く者 −守り人短編集−
上橋菜穂子   偕成社   2008.4
守り人シリーズの番外編である。
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 タンダとバルサの子どものころの話である。
 「浮き籾」は幼いタンダとバルサの気持ちがつながる話。その他、成長過程の一場面。
 表題作の「流れ行く者」は、13歳のバルサが、戦いに強いところを見せ、雇い主を納得させて、ジグロと共に護衛の役に就く。そして戦いの場で、初めて相手を殺すことになる。その苦悩。それがバルサが一生負うことになる宿命の始まりだ。残酷だがそれが職業。そのような経験を得て、大人の世界に踏み出し、成長していく物語だ。
 ラフラ(賭事師)という職業の老女がいる。バルサの精神に影響を与える。このような脇役が生き生きと書かれているのだ。
 まだまだ生産性は低く、多くの過酷な労働で成り立っている時代なので、毎日が緊張をはらんでいる。そんな時代の生き方の例だ。決して残酷の一言で片付けられる話ではない。

 上橋菜穂子の小説の結末は、言葉は短く切り捨て、余韻は読者に任せるようなところがある。でも言葉足らずではない。
 本編のラストで、いきなり「つれあいです」と登場するなども同じ。
 一応、児童書となっているが、内容はとても児童書ではない。漢字のルビを取ってしまえば、そのまま大人の小説である。
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2017年07月13日

炎路を行く者

炎路を行く者
上橋菜穂子   偕成社   2014.11

 守人シリーズの外伝と言うべきか、ヒョウゴの青年期を描いた中編「炎路の旅人」と、15歳のバルサを描いた短編「十五の我には」からなる。

 ヨゴ皇国はタルシュ帝国に征服され、「帝の盾」の息子だったヒョウゴは、殺されるはずだったのを、なんとか逃げて市中で生き延びた。
 ある時のヒョウゴの言葉、
「タルシュの枝国になっちまったこの国で、そんなふうに根をおろすってことは、タルシュに征服されたことを納得したってことじゃねぇか! 土足で踏み込んできた強盗に、のうのうと自分の家に居座られて、そいつらを食わせるために身を粉にして働くなんて冗談じゃねぇと、なんでだれも思わないんだ?なんで、そんなに簡単に納得しちまうんだ?」
 それに対し「わたしらは、ここで生きてきたし、ここで生きていくんだもの」という声をヒョウゴは理解出来ない。
 庶民にとっては、タルシュ帝国に収奪されるのも、ヨゴ皇国に収奪されるのも同じだが、ヨゴ皇国の収奪する側にあったヒューゴには、タルシュ帝国が強盗に思える。
 ヒョウゴという器は市中には収まらない。結局はタルシュ帝国の武人になるが、その心は消えたわけではなく、本編に続いている。

「十五の我には」は15歳では見えないものが、20歳になると見えることがある。
 多感でいて、大切なことに気づけない焦りやもどかしさ。そんな思春期時代のバルサのお話。
 荒事を一人で始末しようとし、結局自分一人では始末できなくて、ジグロに助けてもらう。
 まだ独立出来ないのに、必死になって独立しようとする15歳だった。

……十五の我には、見えざりし、弓のゆがみと 矢のゆがみ
二十の我の この目には、なんなく見える ふしぎさよ……
 
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2017年07月09日

世直し小町りんりん

世直し小町りんりん
西條奈加   講談社   2015.5
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 江戸時代の爛熟期、同時に幕藩体制の崩壊の芽も出る頃。
 南町奉行所の同心をつとめる榊家の当主安之には溺愛する妹がいた。亡くなった父が芸者に生ませた娘で、高砂町で長唄の師匠をつとめるお蝶、高砂弁天といわれる美人。
 そして、安之の妻沙十(さと)も美人で、方向音痴で薙刀の名手。
 この二人の美人が小さな事件をいくつか解決していくが、その事件が、榊家の先代が亡くなった謎と関連して、陰で大きな陰謀が進行していた。
 この大事件を解決するために、お蝶を守る男たちや、おっとりしていた安之とその上司の南町奉行などが、別人のような働きをする。
 幕府の屋台骨を揺るがすような大事件も、なんとか表沙汰にならずに済んだ。
 幕藩体制に光と影かあるように、旗本たちにも市井の人たちも光と影がある。
 登場人物に個性があって魅力的で、一気に読んでしまった。

 時代劇作家に一人の名手が加わったといえよう。わたしはよく“校閲ガール”のようなことを書くが、この小説は校閲ガールもほとんど手を加えるとはないだろう。だから安心して楽しめる。
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2017年07月04日

コミなしのハンディ

 コミなしのハンディはどのくらいか。

 週刊碁には新初段シリーズという企画がある。新初段がコミなしの黒番で先輩の胸を借りる。
 2017年6月19日発行の「週刊碁」の新初段シリーズの記事の中で、「先」の手合いのハンディはどのくらいのものか? つまりコミなしの場合のハンディについて、言及していた。
 大手合の通算成績では、黒28945勝21729敗で、黒の勝率5割7分1厘だという。
 大手合は九段は出場しない特殊棋戦とはいえ、意外な気がした。
 その話の中で、もしトップ同士なら黒の勝率はと訊かれた中野九段は「9割」という返事をした。そして0.571という数字には驚いたものの、「実は僕も白で5割以上勝っていた」という。
 コミなしで黒の勝率57%。この数字もトップレベル同士では当然変わる。おそらく中野九段の「9割」ではないか。しかし、総互先になった今では、検証の機会はなくなった。
 本妙寺−本因坊家の墓 でも安倍吉輝九段が秀和の墓の前で言った。
「コミのない時代に、(井上)幻庵因碩は白番で本因坊家の若き秀才を抑えようとした。無理ですよ」
 十九歳の秀和は、跡目とはいえ、すでに師を凌いでいたという。低段ならともかく、半目を争うトップレベルである。コミなし白番で勝つことは難しい。(秀和の黒番四目勝ち)

 これが現在の棋士の感覚である。
 今では、一般の棋戦では新初段も互先で打ち、それなりの成績を上げている。新人のレベルは昔と比べて、かなり上がっているという。
 新初段シリーズは新初段のコミなしの黒番である。昔の2段差扱いということになる(下記参照)。

 現在のコミは六目半、以前は五目半、コミ出しを始めた当時は四目半だった。四目半では黒有利といわれていた。当時の棋士の多くは黒を持ちたがった(黒番で対局)。
 それで五目半にし、それでも黒有利といわれていた(数字上では51%)。六目半になって、有利不利の声は少なくなった。むしろ白が有利の声が大きいか。

 2003年に廃止した、日本棋院での大手合の手合割り。
段差  手合割り
0段差 互先
2段差 先(1子に相当)
5段差 2子
8段差 3子
 3段差が1子であった。今では素人目で見てもこんなに差はない。また段位が実力を現しているわけではなく、過去の実績に対する名誉のような意味合いが強い。
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2017年06月29日

虹のジプシー

虹のジプシー
式 貴士   CBSソニー出版    1980.11
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 ある日、地球の周辺に、月のように地球が出現した。
 それが毎日増えていって、数百の地球となった。大きさも地理も地球と同じ。人々はその状態に慣れていった。
 主人公の流水五道(つるみごどう)は恋をして、心中しようとして、不思議な宇宙生命体に助けられる。宇宙生命体は猿の姿をしていて、孫悟空と名乗った。そして流水はいわゆる超能力者にされて、憧れの貴美子の幻影を追うように、空に浮かぶ地球のいくつかを遍歴する。

 先に紹介した「もしも月がなかったら」に似たプロットである。「もしもこんな地球があったら」という小説である。
 いきなり人の消えてしまった地球。ソ連に支配されている日本。誰もがコスプレをしているような世界。国境のない戦争のない、10歳のとき三分の二は生殖不能にされて人口調節をしている世界。その他。
 十年ほどかけて、地球TからYまでをえて、最後に行った地球で自分の居場所を見つけたとき、空の地球は消えていた。
 さて、ここでいくつかの地球が元の地球と同じように重力があるとなると、すべての地球は他地球の重力の影響で、メチャクチャになっているはずだ。「もしも月がなかったら」を読んだばかりなので、この本を読んでいる間、頭の中で重力問題が離れなかった。
 ファンタシィと同じような、科学性を無視した小説として読むことになる。
posted by たくせん(謫仙) at 10:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月20日

もしも月がなかったら

もしも月がなかったら ― ありえたかもしれない地球への10の旅
ニール・F・カミンズ   東京書籍   1999.7
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 SF的科学書とでもいうのか。イフ・ワールドの世界である。
 もし月がなかったら、地球はどうなっていただろうか、という科学的考察をしている。
 この内容を用いて小説にすればSFになる。小松左京の小説は科学的説明が、このレベルになっていたと思う。
 普通の小説はここまで厳密ではない。

1章 もしも月がなかったら?
2章 もしも月が地球にもっと近かったら?
3章 もしも地球の質量がもっと小さかったら?
4章 もしも地軸が天王星のように傾いていたら?
5章 もしも太陽の質量がもっと大きかったら?
6章 もしも地球の近くで恒星が爆発したら?
7章 もしも恒星が太陽系のそばを通過したら?
8章 もしもブラックホールが地球を通り抜けたら?
9章 もしも可視光線以外の電磁波が見えたら?
10章 もしもオゾン層が破壊されたら?

 たとえば月がなければ、1日は8時間になっている。潮汐はほとんど無い。風が強く、会話も聴力より視力が用いられる。
 そうなると…と、いろいろと影響を及ぼす。あることが変わると、それが原因となって、思いもよらない結果となるのだ。生物の進化の様子もだいぶ異なり、もし人が発生したとしても、人の生き方は現代とは全く違った生き方となる。
 現在の地球が、奇跡のような偶然のバランスを保っていることを知ることになる。

 若い頃はこんな話に夢中になったものだが、今では少し敬遠気味。もし人が百メートルを9秒で走れたら、8秒で走れたら、7秒で走れたらと、いくらでも仮定は設定できる。
 おもしろい話だが切りがない。だから、それらが小説と結びついて、おもしろい小説になった時は読む。今回は小説ではないが一応全部読んだ。最後の、
10章 もしもオゾン層が破壊されたら?
また、この本にはないが、地球の温度が2度高くなると?
 など、現実的な問題となってマスコミを賑わしている。

 この「もしも……だったら」という問いは、あまり意識しないが、常に考えていることでもある。
 もしも大金持ちになったら、もしも失職したら、もしも断水したら、もしも停電になったら、もしも電車が止まったら、もしも……、というように。
posted by たくせん(謫仙) at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月12日

宗教なんかこわくない!

宗教なんかこわくない!
橋本 治   マドラ出版   1995.7
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 少し古い本である。1995年といえば、地下鉄サリン事件のあった年である。サリン事件の余波の中で書かれている。
 この題名は、「宗教は怖い」と言う人がいたことを前提にしている。宗教とは怖いものだろうか。

  宗教とは、この現代に生き残っている過去である。

 わたしは、「神仏は尊し、神仏を頼まず」で一貫している。
 悟りとは「修行などしても無意味であることを知ること」と思っている。無意味ではあるが、修行することを馬鹿にすることはない(神仏は尊し)。ただ、わたし自身はすでに悟っているので、宗教の修行はしない(神仏を頼まず)。
 インドでは輪廻転生の思想があった。それは永遠の苦しみであった。解脱とはその苦しみから逃れること。つまり“転生しない人”になることである。
 日本人には転生の思想はない。だから日本人は“転生しない人”になっている。すでに解脱している。だから解脱のために修行する必要はない。
 こう考えるわたしの心に響く本であった。

 むかし、宗教は怖いものだった。神罰は恐ろしい、仏罰も恐ろしい。だから、宗教は国家権力より上にあるのが普通だったのだ。
 しかし、日本では織田信長の比叡山焼き討ちにより、宗教は怖いものではなくなった。江戸時代に、仏教は檀家制度で為政者の下に組み込まれた。役所仕事の下請けになった。もはや仏教は宗教としての力はなく、国を動かす力はもちろんない。
 明治維新後は国家神道が強制された。
 現在、憲法では、信教の自由・強制されない自由がうたわれている。
 宗教には2種類ある。社会を維持する宗教と、個人の内面に語りかける宗教だ。
 社会を維持する宗教とは、たとえば五穀豊穣を願うような宗教である。
 個人の内面に語りかける宗教とは、(たとえば)仏教とキリスト教である。出家者が多くなれば国が滅びる。消費するだけだからだ。滅びないためにはそれなりの生産力が要求された。

 この本は「生き方は自分で考えよ」というのが主題だが、自分で考えられない人は他人の考えたことに従うようになる。たとえば釈迦やキリストの考えに従う。釈迦やキリストの言葉を疑問に思わない人は多いだろう。あるいは社会や会社のリーダーに従う。
 信用できる優れた人を選び従う事も一つの方法だ。
 現代は現代なりの、日本なりの問題がある。そんなとき新たに解釈して「こう生きよ」と言い出したのが新興宗教だ。自分で考えられない人はその言葉に従ってしまう。
 わたしは解脱していると言ったが、能力に限界があり、劣悪な選択をしているかもしれない。
 日本人は織田信長以来、宗教が怖くなくなったはず。それでオウム真理教を考えてみると、矛盾だらけに気がつく。
 この本は宗教の本ではなく、オウム真理教の矛盾をあぶり出す本である。だから仏教やキリスト教には深入りはしていない。

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 たとえば、仏教に仏罰という概念はない。仏罰を説くのは間違いである。しかし、日本の仏教は有りもしない仏罰を説く。そんな仏教を対象にして語っている。
 仏罰はない。では破戒者はどうなるのか。ただ破戒者は立派な仏教者になれないのだ。
 学校に行っても、怠けていては学問が身につかないのと同じ。
 仏教僧侶は葬式を職業としているようだが、実は釈迦は「葬式は在家の方だけでして、出家者は関わるな」と言っている。そもそも職業をもっていては、出家者ではない。
 わたしの友人には、各種の○○教徒がいる。その人たちの態度はわたしよりよほど規律正しく、人として優れている。だから、尊敬こそすれ怖いことはない。
 あらためて宗教とはなにかを考えさせられた。

   ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 かなり前だが、この本の題名と同じ論理で、「国を思うて何が悪い」という本があった。
 これは「国を思うのは悪い」と言った人がいたことを前提にしているはずだ。しかし、そんな人がいるのかねえ。
 その「思いかたが悪い」と言った人が大勢いることは知っている。しかし、「思うのが悪い」と言うのは想像できない。キリストやローマ法王なら言ったかなあ。お釈迦様は言わないだろうな。
(実際は、“思う”かどうかではなく“思いかた”を論じている本である。だから題名が間違っているというべきか)
posted by たくせん(謫仙) at 13:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする